FNS歌謡祭に西城秀樹が出演しYMCAを披露 12/7

 2度の脳梗塞を乗り越えた、歌手の西城秀樹(61)が7日放送のフジテレビ系「2016FNS歌謡祭」に生出演し、「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」を熱唱した。

 西城は2003年6月に1度目の脳梗塞を発症し、軽度の言語障害が残った。11年12月、脳梗塞が再発し右半身麻痺に。しかし、厳しいリハビリで徐々に歩行などが改善されている。

 この日は笑顔でステージに登場した西城。抜群の歌唱力を発揮し、会場の東京・グランドプリンスホテル新高輪「飛天」を盛り上げた。

出典:スポーツ報知

西城秀樹のプロフィール

出身地広島県
生年月日現在61歳
身長181cm
血液型AB型
最終学歴 明治大学付属中野高等学校定時制卒業
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略歴

 西城秀樹(さいじょう ひでき )は、日本の歌手、俳優。本名は木本 龍雄(きもと たつお)。広島県広島市出身。アースコーポレーション所属。

 広島駅近くの東蟹屋町に生まれる。ジャズギターが趣味だった父親の影響で幼少期から洋楽に馴染み、ジャズスクールに通ってドラムを勉強した。

 山陽高等学校時代、ジャズ喫茶でバンド出演時に、たまたま歌っていたところをスカウトされる。本来歌手には興味がなかったが、当時尾崎紀世彦の「また逢う日まで」がヒットして、歌謡曲が変わり始めた時期と感じ、スカウトを承諾した。父親が頑固で厳しい人であったため芸能界入りを猛反対。その反対を押し切り、家出同然で広島から上京。芸能事務所「芸映」に所属。明大中野高等学校定時制へ転校する。

 1972年3月25日、ビクター音楽産業(RCA)よりシングル「恋する季節」で歌手デビュー。キャッチフレーズは「ワイルドな17歳」。片仮名の「ヒデキ」が愛称となる。

 1973年6月25日、「情熱の嵐」がオリコン週間チャートで初のベストテン入りとなり、一躍トップアイドルの仲間入りを果たし、郷ひろみ、野口五郎と共に「新御三家」と呼ばれる。

 1974年 「傷だらけのローラ」が、『第16回日本レコード大賞』で歌唱賞を受賞。

 1979年2月21日にYOUNG MAN (Y.M.C.A.)をリリース。

 大阪在住で元・会社員だった女性と2001年6月30日に結婚。2002年6月3日に長女が、2003年9月1日に長男が誕生する。

 2003年6月21日に85枚目のシングルを発表した直後、公演先の韓国で脳梗塞を発症する。軽度の言語障害の後遺症は残ったが、闘病の末復帰し、2006年9月27日、3年ぶりに「めぐり逢い/Same old story – 男の生き様 -」が両A面で発売された。

2011年12月20日、脳梗塞の再発との診断を受け、2週間程度入院する。右半身麻痺と微細な言語障害の後遺症が残ったが、その後は快方へ向けてリハビリに励み、徐々に歩行の状態など改善されている。

出典:wikipedia