長渕剛がマスコミを痛烈に批判 【FNS歌謡祭】

 シンガーソングライター・長渕剛が7日、フジテレビで生放送された「2016FNS歌謡祭 第一夜」に生出演。“イントロ”部分にマスコミや政治、時代への批判を込めたスペシャルバージョンの「乾杯」を披露した。

 本来の歌い出しの「かたい絆に…」まで、3分50秒、ブルース調の魂の叫びが続いた。

 ギター一本の弾き語り。いきなり「アメリカの大統領が誰になろうとも…」で始まり、「今日もマスメディアが正義の面(ツラ)して話している」「歌の安売りするのやめてくれ 日本から歌が消えていく」「俺達の東北、仙台、俺達の九州、熊本、そして福島…オリンピックもいいんだけどよぉ、若者の貧困どうする 地域の過疎化どうする 騙されねえぜマスコミ」と歌い上げ、東京五輪の話題ばかりが取り上げられ、貧困や地方の過疎化など、生活の問題が野放しになっていることを皮肉った。

 3分50秒のメッセージ部分が終わり、ブルース調にアレンジした「乾杯」の歌部分が始まった。最後は「はあっっ!」「はあっっ!」と叫び、ギターをかきならし、「うぉ~ッ!!」と雄叫びを上げた。

 会場で“魂の叫び”を聴いた小倉智昭キャスターは「長渕さんの言葉、身にしみました」としみじみと話していた。

出典: デイリースポーツ

プロフィール

出身地鹿児島県鹿児島市
生年月日現在60歳
最終学歴九州産業大学芸術学部中退
関連サイト→ 公式サイト

 長渕剛(ながぶち つよし)は、日本のシンガーソングライター・俳優・詩人・画家。本名は同じ。デビュー時の芸名は名の読みが(ごう)。Office REN(オフィス・レン)所属。妻は志穂美悦子。長女は文音。長男はWA航RU。次男は長渕蓮。

略歴

 1974年 友人と2人でフォークソングのグループ(T&Tグループ タケシとツヨシ)を結成し、ステージ活動を本格化させる。

 福岡県の九州産業大学へと進学。場末のバーでオリジナル曲を歌い続ける。この時はまさに地獄の環境で、毎夜のようにビール瓶や灰皿が飛び、泥酔した客や極道から「演歌やらんかい演歌!!」と罵声や蹴りを浴びつづける日々だった。ここで根性が鍛えられたと本人は述べており、後年披露するリアリティに満ちた悪漢の演技も、ここでの観察によるものである。そして、ライブハウス(照和)での活動が本格化する。

 1976年 財団法人ヤマハ音楽振興会主催の、第12回ポピュラーソング・コンテスト、現在のTEENS’ MUSIC FESTIVAL)に出場。『雨の嵐山』で入賞を果たす。

 1978年 『巡恋歌』で15回ポプコンの入賞、10月5日東芝EMIから同曲で再デビュー。同年暮れから、南こうせつや庄野真代らとコンサート活動を本格化させる。

 1980年 6月5日、元々アルバム『逆流』の収録曲であった『順子』が、ファンからの熱い要望によりシングルカット。同年8月にはオリコンのチャート1位に。この曲の大ヒットにより、一躍トップシンガーの仲間入りを果たす。

 1981年 当時アイドル歌手だった石野真子と結婚。ニッポン放送『オールナイトニッポン』で意気投合したことがきっかけとなり結婚した。1983年に離婚。

 1983年 初の主演テレビドラマ『家族ゲーム』(TBS系列)が放映開始、俳優としても本格的に活動を始める。

 1986年 6月7日、主演したテレビドラマ『親子ゲーム』(TBS系列)が放映開始。志穂美悦子と、ラーメン店を営む恋人同士役をつとめる。

 1987年 テレビドラマ『親子ゲーム』映画『男はつらいよ』での共演を切っ掛けに、志穂美悦子と再婚し、志穂美は芸能界を引退した。

 1988年、8年越しのシングル『乾杯』をリリース、ミリオンセラーとなる。

人物

 平和安全法制に反対を表明しており、2015年7月21日放送のフジテレビ『ワイドナショー』で「いまのこの流れでいくと、理屈はわからないんですけどね、感覚論としてね、戦争が近づいている気がするの。もう紛れもなくそこに近づいている気がしますよ。それをね、僕たちはどうやって阻止すべきかってことを非常に真剣に考える局面がありますよ」と述べている。

出典:wikipedia