水道橋博士が金髪おネェ系で「あさイチ」出演し視聴者騒然

水道橋博士のプロフィール

出身地岡山県倉敷市
本名小野 正芳
生年月日現在54歳
身長161cm
体重53kg
最終学歴 明治大学経営学部中退
所属事務所→ オフィス北野
関連サイト→ 公式サイト

 水道橋博士は、お笑い芸人で浅草キッドのメンバーである。漫才師、コメンテーター、ライターとして雑誌にコラムやエッセイの執筆などを行っている。

略歴

 岡山県の紙問屋の次男として生まれる。金に困らず、成績のよい優等生だった。岡山大学教育学部附属中学校に進学。だが、まわりは優等生ばかりで、勉強する意欲が起きなくなり、落ちこぼれる。中学の同級生にザ・クロマニヨンズの甲本ヒロト、オウム真理教の中川智正がいる。
 子供時代

 岡山県立倉敷青陵高等学校に入学。15歳から16歳で過敏性大腸症候群を患い1年留年。

 青春であるこの時期自分が何者なのか将来何者になるのか閉塞感と絶望で葛藤のはけ口を自慰行為、映画鑑賞に費やす中、少年期を過ごし同級の誰とも口を全く聞かず、19歳の高校3年生のときに始まったラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』を聞き始めてビートたけしに心酔[1]。メモ魔だったので、放送内容をすべてノートに書き起こし研究した。

 高校卒業後(および在学中)、長谷川和彦かビートたけしか、と師事先を悩むも「とにかくビートたけしに会えば何か展望が開けるに違いない」と漠然とした目的と何ら具体的な計画のないまま上京を目指し、たけしと同じ学校でないとだめだと必死で勉強し、たけしの母校である明治大学経営学部に入学。

 しかし、大学になじめず、4日しか通わず単位を取得せずに4年間パチンコとアルバイトに明け暮れた。

 生来の人間関係構築の不得手から、きっかけを切り出せないまま1986年にたけしの追っかけを7か月続けた。『オールナイトニッポン』を放送する深夜のニッポン放送前に通い詰め、企画書などを渡した結果、たけしから連絡があり、他の追っかけ10人と共にたけしに弟子入りを認められる。

 その後、浅草フランス座で修業を積み、翌1987年玉袋筋太郎と浅草キッドを結成

 2002年に12歳年下の一般女性と結婚。現在は3人の子供がいる

 2004年、浅草キッドの名義で著した『お笑い男の星座2』が大宅壮一ノンフィクション賞にノミネートされ、ライターとしても評価を受ける。

 また博士が思い悩んでいた異常な薄毛から劇的回復に至った体験や秘訣を2006年の著書『博士の異常な健康』のなかで明らかにしている。

出典:wikipedia