倉木麻衣がたまプラーザテラスでクリスマスライブ 12/17

 歌手、倉木麻衣(34)が17日、横浜市のたまプラーザテラスでクリスマスライブを行った。

 今年は中国でツアーを開催したが、日本での公のイベントは初。たまプラーザテラス史上最多となる3500人が来場。来年1月11日発売の新曲「YESTERDAY LOVE」を初披露するなど6曲を披露した。

 ヒット曲「always」では70人のちびっ子サンタと共演。子供たちが「楽しかった!!」と喜ぶ姿に、「私にとってすてきなクリスマスプレゼントになった」と笑みを浮かべた。

 クリスマスの思い出を問われ、「うちの家族は手羽先を食べて乾杯していた。ロマンチックな思い出はない。すてきな場所で過ごすことに憧れはあります」と語った。

出典:サンスポ

Twitter上の声

倉木麻衣のプロフィール

出身地千葉県船橋市
生年月日1982年10月28日 現在34歳
血液型B型
最終学歴立命館大学産業社会学部産業社会学科人間文化学系卒
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 倉木麻衣(くらき まい )]。デビュー後大阪府枚方市に転居。所属レコード会社はビーインググループのBeing、レーベルはNORTHERN MUSIC。所属事務所はLOOP。

略歴

 倉木が「歌うこと」に初めて興味を持ったのは、小学校6年生の時である。当時倉木はピアノを習っていて、漠然と音楽に関わる仕事をしたいと考えていた。そのピアノのレッスンの中に音符を読みながら歌っていくというものがあったのだが、その歌を聴いた彼女の先生の「あなたはピアノより、歌が向いている」という言葉がきっかけとなり、歌の道に進みたいと考えはじめた。

 中学生になると、マイケル・ジャクソンのビデオを見たことをきっかけに洋楽、中でも特に女性アーティストの作品を聴くようになる。その後、マライア・キャリー、ホイットニー・ヒューストン、ローリン・ヒルなどを聴くようになり、彼女らのようなシンガーになりたいと真剣に考えるようになり、デモテープを作成して色々な会社へ送り始める。

 その頃、ビーイングを組織し後にKANONJIの名で倉木のプロデューサーとなる長戸大幸と出会う。長戸は倉木のデモテープを聴いて高校生になってからのデビューを提案し、それまでは英語の勉強や色々な経験を積み、デモテープを何本も作るべきだと助言する。

 高校生になると長戸の紹介でGIZA studioのスタッフと出会い、ローリン・ヒルの「To Zion」のカバーを歌ったデモテープを送ったところ、デビューが決定する

 1999年10月、アメリカのインディーズレーベル・Bip! Recordより、全米デビューシングル「Baby I Like」をMai-K名義で発売。

 12月8日、日本デビューシングル「Love, Day After Tomorrow」をリリース。初登場の18位から着実にセールスを伸ばし、最高2位にランクイン。1ヶ月以上かけて140万枚のセールスを記録。

 2000年 2ndシングル「Stay by my side」が3月15日に発売され、オリコン1位初登場。オリコンTOP10に2曲同時ランクインすることとなった。

 3rdシングル「Secret of my heart」が4月26日に発売。オリコン2位初登場。この時点でオリコンTOP15内に3曲同時にランクするという快挙となる。

 1stアルバム『delicious way』が6月28日、日本・台湾で同時発売。1週間で221万枚という驚異的な売上でオリコン1位初登場となり最終的には400万枚に及ぶセールスとなった。

 2003年 B’zの松本孝弘ソロプロジェクトで、倉木が山口百恵の「イミテイション・ゴールド」をカバーしオリコン1位初登場を記録。

 

出典:wikipedia